卒業生の声
第1期生(2024年6月卒業)
masmasplus+farm 扶蘇美香さん

公務員からいちご農家へ!
元同僚の女性2人で始める生涯の仕事
紹介
出身地:大阪府
前職:地方公務員
家族構成:単身
研修開始時の年齢:30代
栽培方式:高設栽培
栽培面積:13a
投資額:約4,100万円(うち補助金約1,900万円、融資約3,000万円)
17年間の公務員生活に終止符を打ち、いちご農家をめざす

生産から販売・加工まで自分の手で完結できるのが農業の魅力
大阪府出身の扶蘇美香さんは、17年間地方公務員として働いていましたが、「このまま定年を迎えても自分の手に何も残らないのではないか」という不安を感じていました。そんな中、大阪・関西万博に関連する業務で、「定年後も元気に働く生き方」について考える機会がありました。
庁内で開催された「農業者ビジネスプランコンテスト」を見学した際、生産者が自分なりのやり方で経営を発展させていて、たとえば6次産業化など、生産にとどまらない収入の得方を提案していたことに驚きました。農業は、ただ作物を育てるだけでなく、販売や加工まで含めて自分の手で完結できる仕事なのだと知り、強く興味を持ったといいます。
コロナ禍で始めた家庭菜園が後押しになり、いちご農家を志す
その後、コロナ禍をきっかけに家庭菜園を始め、農業への関心はさらに深まりました。「手をかけた分、成果として目に見えるかたちで返ってくる」農業の魅力にひかれ、就農を本気で考えるようになった扶蘇さんは、インターネットで情報を集め、栽培作物の試算などを行い、約2年かけて準備を進めました。
栽培作物は収益性や加工・販売のしやすさを考慮し、「いちご」と「サツマイモ」で迷いましたが、知り合いの農家のアドバイスもあり、現実的に利益を出せると判断していちごに決めました。
紀の川アグリカレッジとの出会い
農業を学ぶ場を探す中で、和歌山県紀の川市の「紀の川アグリカレッジ」を知った扶蘇さんは、現地視察会に参加。「支援体制が整っていて、市の担当者の対応も親切。ここならやっていけそうだ」と感じたことが決め手となりました。
実際に現地を訪れるまでは知らない土地でしたが、「思っていたより田舎すぎず、暮らしやすそうな印象を持ちました」
いちご農家への第一歩|研修先農家で栽培スタイルを見極める

研修先では前職の経験が活きた場面も
扶蘇さんは、農業を始めるにあたり、前職の先輩をパートナーとして誘い、ふたりでいちご栽培を始める計画を立てていたといいます。まず、扶蘇さんが先に退職して単独で農業研修に参加しました。研修先では高設栽培と土耕栽培の両方を学び、自分に合う方法を見極めることができました。
また、観光農園や6次産業化など新たな事業の立ち上げに立ち会うことができたのも貴重な経験となりました。さらに、環境制御にも積極的に取り組む農家だったため、先進的な技術に触れる機会も多くありました。
公務員としての経験は、補助金申請や書類業務の場面で活かされ、研修先農家にも貢献できたそうです。
農業経営に関する講義やスマート農業塾での授業も役立った
座学が学べるのも紀の川アグリカレッジの特長です。農業経営に関するオンライン講義では、経営の考え方を学び、自分なりのフレームワークを持つきっかけにもなりました。また、和歌山県主催の「スマート農業塾」では、環境制御の技術を実践的に学び、データに基づいた管理の重要性を再確認しました。
ゼロからの就農ストーリー|農地確保から販路選択のリアル

自ら動いて農地を探す。融資や補助金で資金を確保
就農に先立ち、扶蘇さんは自ら地域を歩き、農作業中の人に声をかけながら農地探しを行いました。最終的には研修先農家の紹介で確保しました。既存のハウスは古くて使えず、新たに建設が必要でした。
高設栽培を選んだ扶蘇さんの場合、ハウス設備を整えるための初期投資は約4,100万円。そのうち約3,000万円は融資を受け、残りは就農準備資金や経営開始資金などの補助金を活用しています。
SNS発信やデザインにもこだわってブランディングを展開
扶蘇さんが立ち上げた「masmasplus+farm」は、SNSを活用して農園の発信にも力を入れています。農業に取り組む仲間とつながり、情報交換を行うなどネットワークが広がっています。
ロゴやパッケージのデザインはプロに依頼し、ブランディングにもこだわりました。「見た目の印象は大切。実際に使ってみて改善点も見えてきたので、次に活かしたい」と意気込みます。
市場出荷と産直販売、直売の販路バランス
現在の販路は市場出荷と産直販売が5割ずつ。市場は収量を問わず買い取ってくれる安心感がありますが、価格は市場側が決定するため収益の調整が難しい一面も。
一方、産直は品質やブランド力があれば高値で売れる可能性がありますが、客数には限りがあり、全量を売り切るのは容易ではありません。
試験的に自分の農園での直売にもチャレンジしましたが、実質的な利益には結びつきませんでした。今後はSNSでの発信を増やし、「masmasplus+farm」のファンになってもらって直売の販売比率を上げたいと考えています。
一年目で見えてきた課題|作業効率と出荷量のバランス

栽培管理の難しさを実感したデビューイヤー
一年目を終えて最も難しいと感じたのは、栽培管理の複雑さでした。水や肥料、温度の調整が思うようにいかず、いちごの味が落ちてしまったり、収穫のタイミングを逃してロスが出てしまったりすることも。原因としては複数の管理不足が重なっていたと考えられ、現在は記録装置のデータを活用しながら見直しを進めています。今後は、和歌山県の「スマート農業塾・実践編」に参加し、環境制御の技術を実践的に学ぶことで、より安定した品質管理を目指しています。
ふたりで農業をするメリット|単なる2倍ではなく、相乗効果で作業効率大幅アップ
扶蘇さんは前職の先輩とふたりで農業を始めたことについて、「一人で黙々と作業を続けるより、ふたりで行うことの安心感は大きい」と話します。特に、大きな資材の扱いや終わりの見えない作業の中では、誰かと一緒に作業できることが精神的な支えになります。
「ふたりだと、単純に二倍になるのではなく、三倍にも四倍にも感じるほど効果が違うんです」
一方で、ふたりだからこそ生まれる課題もあります。作業の進め方や判断基準を共有するためには、感覚だけでは伝わりづらく、作業手順をで言語化・文書化したマニュアルの必要性を感じています。
生産から6次産業化までトータルで描く農業の未来

収穫ロス削減に向けて6次産業化を構想中
今後は、収穫したいちごの一部を冷凍保存・販売することで、収穫ロスを削減したいと考えている扶蘇さん。まずは設備投資の必要がない範囲で、小規模に加工の取り組みを進めていきます。
将来は、加工品や農家カフェなど6次産業化にも取り組む計画です。それに向けて、加工品の製造販売に必要な手続や、農園ロゴの商標登録申請も進める予定です。視覚的なデザインにも細やかな工夫を凝らし、女性ならではの柔軟な発想を経営に活かしています。
これから農業を始めたい人へ|やらない後悔よりも、まずは一歩踏み出そう
就農1年目のシーズンを終えた扶蘇さん。2年目に向けての計画も着々と進行中です。
農業に興味を持つ女性への先輩としてのメッセージをお願いしました。
「農業に挑戦する不安は大きいと思います。やらずに後悔するよりは、やってみた方が納得のいく未来につながります。考えに考えた末に「やりたい」と思えたなら、きっと大丈夫です。どんなに転んでも、思いがあれば手を差し伸べてくれる人や仲間もいます。まずは「一歩」を踏み出してみてください。」
家庭菜園から始まり、公務員から農家へと大きく転身した扶蘇さん。仲間とともに模索しながら歩む日々は、挑戦と工夫に満ちています。自由な発想と女性ならではの感性で、これからの農業に新しい風を吹き込んでいくことでしょう。
※2025年5月時点の情報です。