北野 雄也さん

北野雄也さん

家族との時間を大切にしたい。
サラリーマンから農家への転身で見つけた「自分主導の生き方」


紹介

出身地:和歌山県
前職:会社員
家族構成:夫・妻・子二人
研修開始時の年齢:30代
栽培方式:土耕栽培
栽培面積:7a
投資額:約500万円

大手企業に13年間勤務していた北野雄也さん。安定した収入や会社員としてのキャリアを手放し、就農を決めたのは、家族と過ごす時間を大切にしたいという思いからでした。農業はまったく未経験だった北野さんは、不安も抱えていました。紀の川アグリカレッジに出会い、不安が払拭され、未知の世界に飛び込もうと決心できたのです。

北野雄也さん

転機となった東京への転勤


大手航空会社のグループである物流会社に勤務していた北野雄也さん。業務内容は、貨物室内のスペース管理でした。さまざまな企業からの輸送貨物の情報をまとめ、飛行機の空きスペースに振り分けて、効率化する仕事でした。

勤務先は、関西国際空港に9年間。のちに東京本社へと転勤し、4年間勤務しました。
東京オリンピック開催予定の年で、航空会社では路線拡大の話もあり、当初は東京での生活を楽しみにしていました。
「路線広がったら、東京から国内、世界に旅行できるかな、と期待していました」

平日は、子どもの寝顔しか見られない日々


業務内容が大阪にいた頃と変わり、東京での生活は忙しさを極めました。加えて、組合の書記長も務めていた北野さんは、本来の業務をこなしたうえで空き時間や夜間には組合の仕事もこなしていました。

終電での帰宅も多く幼い子どもは寝顔しか見られない、そんな生活が続きました。ただ目の前の仕事に向き合うのに精いっぱいでした。

北野さん作業場

大企業でも安泰ではない


それでも仕事には充実感があり、また、大きな企業にある安定感からその状況に疑問をもつことはなかったのです。
その意識が変わってきたのが「コロナ禍」でした。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置であまり外に出ることもなく、閉塞感を覚える日々。それに加え、近くに親戚がいない環境で、夫婦二人ともフルタイムで働いているため当時1歳だった子どもの育児も大変。
そのころから、北野さんは将来について考えるようになりました。

「貨物需要が減ることはなかったのですが、コロナ禍で旅客部門が大打撃を受けました。当たり前の事ですが、大きな会社だからといって絶対安泰ということはないのだと思いました」

東京を離れることを決意


「子どもが小学校に上がるまでに、どこか居住地を固定した方が良いかもね、ということは以前から妻と話していました」
東京で4年暮らして、そろそろ子どもも小学校に上がるというタイミングで、移住先を決めようということになり、まずは親戚がいる地元に戻ることを目標としました。

そこで北野さんは、新しい働き方を模索し始めます。選択肢は2つありました。1つは、パソコンさえあれば仕事ができる例えばプログラマー等の職業になること、そしてもう1つが農業。どちらも、自分で働き方や時間をコントロールしやすい仕事だと考えたからです。

コロナ禍で閉塞感のあるなか、家での「食」に楽しみを見出すようになっていたこと、ふるさと納税で産地から送られてきたブドウや宮崎の地鶏などを味わい、食に関する仕事にも興味がわいていたことから、気持ちは就農に傾きました。

北野さんのハウス

就農への道を探り、インターネットで検索


農業を目指そうと決め、まず調べたのは妻の実家がある高知県での農業でした。高知ではいちごを育てている農家もあると知り、興味をもつように。でも、「当時、高知独自のブランドいちごもありませんでしたし、収穫したいちごは約9割が大阪に出荷ということで、高知で始める明確なメリットを見出せませんでした」

次に、関西でいちご栽培について学べる場所をインターネットで検索したところ、たどり着いたのが和歌山県紀の川市にある紀の川アグリカレッジと、県内のほかの地域の研修コースでした。

就農までを見据えた実践的な研修を受けたいと考えた北野さんは、2年間じっくりと学べる紀の川アグリカレッジを選択しました。和歌山オリジナルブランドの「まりひめ」があり、一大消費地の関西圏に近い、空港が近いため海外のマーケットにも挑戦できる、北野さん自身、和歌山県が出身地のため、ある程度の土地勘や人脈もある、いちごの産地であるためノウハウやインフラもあるなど、総合的に考えて紀の川市でのいちご栽培にビジネスの可能性を感じたところも決め手になりました。

その時点では、まだ農家としてやっていけるのか、半信半疑でした。漠然といちご農家になろうと思っていたものの、どんな環境で仕事をするのか、どれくらいの収益が上げられるのか、家族が食べていけるのか、見当もつきません。

安心感を得られた現地視察会


紀の川アグリカレッジでは、毎年10月に2泊3日、11月に1泊2日の現地視察会が開催されます。
北野さんも参加し、不安に感じていること、疑問をもっていることを現役農家にぶつけてみました。
「現地の先輩農家さんたちの話を聞いて農家として生計を立てるイメージがリアルになり、安心感が生まれました」

現地視察会では、研修先の農家や卒業生の話を直接聞くことができました。実際の経営や暮らしの様子を知り、就農後の生活を具体的にイメージできたといいます。

北野さん調整作業

研修先の農家や地主、紀の川アグリカレッジの仲間たち


就農に当たっては、離農する方からハウス等の施設や設備をそのまま借り受けることができました。無理しない農業をモットーに7aのほ場でのスモールスタートです。
2年間、しっかり紀の川アグリカレッジで研修は積みましたが、新しい世界への挑戦が怖くないはずはありません。

でも、本気で覚悟をもって飛び込んだ北野さんに、地元の先輩農家、紀の川アグリカレッジの仲間、そしてもちろん師匠にあたる研修先の農家も手を差し伸べてくれました。
研修先の農家は困ったことがあると相談し、なんでも気軽に教えてくれる頼もしい存在です。
農地の地主も自身の経験談を教えてくれます。地主とのつながりをきっかけに、地域の農業者との交流も広がっていきました。

研修先の農家は、「どんないちごでも良いということではなく、みんなに喜ばれるおいしいいちごを作れるよう頑張ってほしい」と研修中に話をしてくれました。

その言葉を胸に、北野さんは、 量と質のバランスを保ちながらの経営を目指そうと考えました。また、仕事と家族のバランスも意識し、背伸びをした経営を目指すよりも自分たちの身の丈に合った規模感でまずは農業を営んでいこうと思いました。

現在、北野さんには二人の子どもがいます。紀の川アグリカレッジは6月スタートなので5月に移住することになりましたが、保育所入所が年度途中になるために枠が埋まっていました。
市役所の「こども課」にも相談し、幼稚園と保育所の違いや利用条件など、さまざまな情報を教えていただき、最終的には家から少し離れた保育所に入所が決まりました。

北野雄也さん

就農でつかんだ、家族と生きる幸せ


「1月に子どもがインフルエンザにかかりました。子どもが保育所を休まなければならず、世話をしないといけない。それでも、いちごの収穫を止めるわけにはいきません。本当に大変でした」と北野さんは振り返ります。

農作物は毎日の管理が欠かせず、旅行に行ける時期も限られています。個人事業主として農家になった今、全ての判断は自分次第。従業員でいた頃よりも正直大変なこともあります。

就農後に得られた充実感


何もわからない状態で飛び込んだ農業への道でしたが、紀の川アグリカレッジで研修を受けたことで、研修先の農家から多くのことを学べました。市役所も地元の農家も親切に手を差し伸べてくれました。

「会社員時代と比べると、今は家族と過ごす時間が増えました。収入や働き方の不安はありますが、家族一緒に生活ができ、自分で時間を決められる今の暮らしに満足しています」

北野さんにとって就農は、働き方を変えるだけでなく、家族との時間や暮らし方を見つめ直すきっかけにもなりました。

「農業は想像していたよりも体力的にハードな仕事。天候やいちごの生育状況に左右されるため常に自由に時間を使えるという訳でもない。でも、1期生も2期生の僕らも、ちゃんといちごを作れて所得を得ていますし、日々の暮らしにも満足しています。覚悟をもって飛び込み、真摯に取り組めば、周りの人たちも力を貸してくれると思います」

農業未経験からのスタートだった北野さん。紀の川アグリカレッジで学び、地域とのつながりを築きながら、一歩ずつ就農への道を切り拓いてきました。

農業に興味があるなら、まずは現地視察会や研修制度を活用し、自分の目で現場を見てみることから始めてみませんか。

※2026年5月時点の情報です。